益城町の南側には、「飯田山(いいださん)」(431.2 m)・「船野山(ふなのやま)」(307.5 m)、「朝来山(あさこやま)」(464.5 m)、「城山(じょうやま)」(480.4 m)という四つの山々が連なっています。これら益城町の四つの山々には、それぞれ四季折々の風景、歴史や文化財があります。
飯田山の八合目に位置する天台宗寺院、「飯田山常楽寺」は、平安時代末期頃に開基されました。四宗教学の道場として、盛時には300名余の僧が修行していたといわれています。「飯田山常楽寺(じょうらくじ)」までの参道には、一丁(約109 m)ことに「一丁地蔵」と呼ばれる石造十三仏が祀られています。また「飯田山」には、『金峰山との背比べ』という民話があります。(金峰山は665.2 m)
船野山の麓には、川船輸送の安全と豊作祈願の守護神として住吉三神を勘請して祀られた「木崎荒帆(きざきあらほ)神社」があります。また、『日羅(にちら)伝承』にある船頭四十八体も祀られているとされています。十月には獅子舞が奉納されます。周辺には、中世城「赤井城跡」や豊かな水をえる「そうめん滝」などの名所・旧跡が数多く存在します。
朝来山の中腹には、六世紀後半頃に造営された古墳、「鬼ノ窟(おにのいわや)古墳」や「福田寺(ふくでんじ)跡」という中世山岳寺院の遺跡があります。「福田寺」の開基時期は不明ですが、かつて寺城内に文永八(1271)年八月二日の刻銘を持つ県内最大級の五輪塔、「虎ヶ塔(とらがとう)」(現在は西原村所在)が存在していたことから、鎌倉期からの寺院であったと推定できます。現在は石塔群の残欠に寺院跡の様子を留めます。
城山には、江戸時代に閉山された「金山(かなやま)銅山」があり、銅が採掘されていました。最盛期の大正時代には、男女約200名が採掘に従事していました。現在は閉山され、その面影は所々に残る石垣と赤褐色に変色した「金山川」の岩石に見ることができます。また、城山中腹には、大きな池が二つあります。
(益城町教育委員会)
益城には他にも楽しい山々がたくさんあります。


城山


船野山